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オリエントレコード「籠の鳥」

オリエントレコード「籠の鳥」
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 高ヒット 投稿者 admin admin さんの画像をもっと!
ヒット数2665  コメント数0    ファイルサイズ 39.13 KB  解像度 640 X 480鳥取春陽(本名・貫一)は、明治33年(1900年)刈屋村(現在の宮古市刈屋)北山に生まれました。
7歳のとき刈屋尋常小学校へ入学、片道1時間余りの道をハーモニカを吹きながら通学しました。
しかし、11歳のときに家業の製糸工場が倒産してしまいます。
13歳で同高等小学校に進学しましたが、14歳のとき学業半ばで東京へ出奔し、上京後演歌師となり添田唖蝉坊(そえだあぜんぼう)の強い影響を受けました。
17歳より作曲活動に入り「浮草の旅」(シーハイルの歌)、「失恋の唄」などを作曲しました。
大正11年には「籠の鳥」(かごのとり)をレコード化して大ヒットとなり、この「籠の鳥」は大正13年には映画化(帝国キネマ制作)されました。
大正15年には日本初のレコード会社専属(歌手・作曲)としてオリエントレコードと契約し、「船頭小唄」や「馬賊の唄」を吹き込み大変な人気を博しました。
彼の作曲活動は演歌のみにとどまらず、新民謡、歌劇、ジャズをも手がけるなど幅広い活動を続けました。
昭和7年1月16日、結核を患い大阪市住吉区の借家で、春陽は31年の短い生涯を終えました。

(岩手県宮古市ホームページより引用)
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