FONT SIZE

メインメニュー

新着リンク

  • (2010-8-13)
  • (2010-8-13)
  • (2010-8-13)
  • (2010-7-25)
  • (2010-7-15)

高人気ダウンロード

  • (09/10)
  • (09/09)
  • (09/12)
  • (10/07)
  • (09/09)

Google検索

Google

ウェブ さいわいコミュニティサイト
TOP> 宮前区> 歴史など
 
沿革    (2009-9-27 - 463 Clicks)
 
歴史

この地域は古くから人の定着があったらしい。
東高根遺跡や馬絹古墳などの遺跡があるほか、影向寺は7世紀の創建で県内屈指の古刹という。

明治以前は武蔵国橘樹郡であった。

 近世は、水はけの良い地質から畑作農業が中心となり、江戸・東京に近い立地から、果物の栽培や花の栽培が行われていた。
 昭和初期に地域は川崎市に編入されて川崎市の一部となるが、その後も戦後しばらくは交通過疎地帯であるために、のどかな農村の体を有していたようである。

 もっとも、昭和41年の田園都市線開通によって地域は激変する。
やはり東京に近いという立地から、東京のベッドタウンとして人口が急激に増加し、街も都市化する。宮前区は、当初高津区の一部に含まれていたが、人口が増加したためにその後に分区され、現在に至っている。

年表

1889年(明治22年) 町村制施行に伴い、橘樹郡宮前(みやさき)村、向丘(むかおか)村ができる。

1938年(昭和13年)10月1日 向丘村、宮前村が川崎市に編入される。

1972年(昭和47年) 川崎市の政令指定都市移行に伴い、高津区発足。

1982年(昭和57年) 高津区から宮前区が分区される。

※ フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
 
0.056 sec.